最高裁判所第二小法廷 昭和40年(あ)238号 決定 1966年2月21日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人本人の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。遠藤恒儀、伊木寿一、宝月圭吾、高村巌各鑑定人の鑑定を信用できるものとした原判決に、採証法則違反のないことは、後記弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第二、第三につき判示するとおりである。弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第一は、違憲(三一条、三五条)をいうけれども、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。一審判決判示第二事実認定の証拠とされている昭和二七年領第一三三号の六のハガキ一枚(白鳥婦人宛のもの)の消印日付が昭和二七年一月九日〇-六となっていること、および所論指摘の札幌市中央警察署警部補和田武雄作成にかかる領置調書の作成日付、ならびに領置の日が昭和二七年一月八日となっていることは所論のとおりであるけれども、一審判決は、右領置調書を同犯罪事実認定の証拠としては掲げていないのである。そして、右ハガキについては、被告人、弁護人とも異議なく証拠調をすませており、その際領置手続の適法性についても争っていないばかりでなく、一審判決の掲げる石川敏枝の証人尋問調書によると、このハガキが白鳥方に配達されたものであることを認め得るので、これを証拠とすることはなんら違法ではない。また、一審判決判示冒頭事実認定の証拠とされている、所論昭和二七年領第一三三号の三の「支連絡一九五一・一〇・二三」と題する書面、同号の二の「ああ血も涙もない人非人(ヒトデナシ)の高田市長、白鳥市警、塩ノ谷検事を札幌から葬れ!」と題するビラについては、これまた異議なく証拠調をすませており、押収、領置手続の適法性や本件との関連性についても争われていない。その押収手続に所論指摘のような事実があるとしても、そのことから直ちに右「支連絡」の差押が違法になるものとは解せられず、また他人の被疑事件につき差押えられた証拠物であっても、異議なく証拠調がなされた以上、証拠とすることが許されると解すべきであるから(昭和三〇年(あ)第三六二八号、同三一年六月二一日第一小法廷決定、刑集一〇巻六号八六〇頁参照。)、これらを証拠とすることもなんら違法ではない。
同第二、および同第三は、違憲(一三条、三一条、三七条)をいうけれども、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張に帰するものであって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。
所論は、いわゆる伝統的筆跡鑑定によった、遠藤恒儀、伊木寿一、宝月圭吾、高村巌各鑑定人の鑑定が、鑑定人の主観と感を頼りにした客観性、科学性のないものであり、特定の文字について「相同性」のみを強調し、「相異性」「稀少性」「常同性」を無視してなされた信頼度のうすいものである旨、そしてこのことは近代統計学の観点からなされた戸谷富之鑑定人の鑑定によっても明らかである旨を主張する。
しかしながら、いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであって、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によって裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。したがって、事実審裁判所の自由心証によって、これを罪証に供すると否とは、その専権に属することがらであるといわなければならない。
本件記録によれば、戸谷鑑定人をのぞく遠藤、伊木、宝月、高村各鑑定人(以下四鑑定人という。)は、いずれも筆跡鑑定の経験が豊富であり、それぞれの観点にたって、本件ハガキ五枚と、被告人の筆跡と認められる盗難届、ノートなどを比較検討した結果、すべてが同一人の筆跡であるという結論、あるいは異筆のものがない、という結論に到達し、四鑑定人ともこれを断定しているのである。その鑑定にあたり、表現こそ異なるが、「相異性」「稀少性」「常同性」などの点も斟酌したことがうかがわれるのは、原判決のいうとおりである。しかも右四鑑定人のうち、伊木、宝月、高村各鑑定人は、被告人側の請求にかかる鑑定につき選任されたものであり、選任についてはなんらの異議申立もなされていないし、また四鑑定人作成の各鑑定書はいずれも証拠とすることに同意のうえで取り調べられているのである。一方、戸谷鑑定人は、これまで筆跡鑑定をした経験が全くなく、本件をきっかけにしてはじめてその研究にとりかかったものであり、その鑑定も、要するに「右四鑑定人の本件筆跡鑑定方法は、近代統計学上からみて信頼度がうすく、客観的な証明力をもたないと認める」というに帰するものであって、問題のハガキの筆跡と被告人の筆跡との同一性につき判断を示しているものではないのである。したがって原判決が、戸谷鑑定を採用せず、前記四鑑定人の各鑑定およびその他一審判決が掲げた各証拠を綜合して本件犯罪事実を認定し得るとしたことは、なんら採証法則に違反するものではない。
弁護人杉之原舜一の上告趣意第一は、違憲(一二条)をいうかのごとき点もあるが、検察官の本件公訴提起の不当を主張することは、原判決そのものに対する攻撃とは認められず、その余は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二、第三は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。前記四鑑定人の鑑定を信用できるものとした原判決に、採証法則違反のないことは、前記弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第二、第三について判示したとおりである。
弁護人伊東三郎の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。前記四鑑定人の鑑定を信用できるものとした原判決に、採証法則違反のないことは、前記弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第二、第三について判示したとおりである。
弁護人森長英三郎の上告趣意第一点は、違憲(三一条、三八条三項)をいうけれども、実質は単なる法令違反の主張に帰するものであって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。前記四鑑定人の鑑定を信用できるものとした原判決に、採証法則違反のないことは、前記弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第二、第三について判示したとおりである。伊木、宝月、高村各鑑定人の選任については、被告人、弁護人から異議申立もなく、前記四鑑定人の作成した各鑑定書も証拠とすることに同意のうえで取り調べられていることは前示のとおりであり、右四鑑定人が筆跡鑑定に関する学識経験者であることも記録上明らかである。また、筆跡鑑定を唯一の直接証拠として有罪の判決をすることができないという、刑訴法上の証拠法則は存しない。
同第二点は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。
弁護人森川金寿の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。前記四鑑定人の鑑定をもって直ちに非科学的なものとすることのできないこと、およびこれを信用できるものとした原判決に採証法則違反のないことは、前記弁護人岡崎一夫ほか六六名連名の上告趣意第二、第三について判示したとおりである。これら四鑑定人の各鑑定、およびその他一審判決の掲げる各証拠を綜合することにより本件犯罪事実を十分に認定し得るとした原判決に、なんら採証法則違反は存しない。
なお、弁護人横田聡、同渋田幹雄、同関原勇の昭和四一年二月三日付および同年二月五日付各上告趣意補充書は、いずれも期間経過後提出にかかるものであるから、判断を与えない。
その他記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)